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このコーナーは自分達のまわりの課題や出来事をわかりやすくデータなどもおりまぜて解説・提案するコーナーです。これまでの後援会新聞のなかでもとても好評でした。
「こんなことも教えて!」「よっちゃんならどう考えるの?」という興味のあることがあったら教えてくださいね!


今回のテーマ
買い物弱者 
[2012/05/13]

現在の地域生活は、インフラの変化によって買い物弱者が増えています。どのような人が買い物弱者と呼ばれ、どのような状況におかれているのでしょうか?
買い物弱者とは、流通機能や交通網の弱体化とともに、食料品などの日常の買い物が困難な状態におかれている人々のことを言い、経済産業省によると600万人程度と推計されており、徐々に増加すると言われています。

なぜ、そのようなことになるのでしょうか?
ひとつには、地域の店舗がなくなったことにあります。
郊外型の大型スーパーの出店や人口の減少や住人の減少によって小さな店舗がなくなった、といったことです。しかしこれは時代を経るごとに大型化・複合化して魅力を高めていった郊外型大型ショッピングセンターを歓迎し、積極的に利用し、今の状況へと導いたのは、われわれでもあるのです。

次に、店舗までの交通手段の問題によりおこるものがあります。
これは、車を持つ家庭が増えたことで利用者が減少し、家の近くを通っていたバスなどの交通手段が減少したり廃止されたりすることで、買い物の足がなくなったものです。

買い物弱者は、地方の過疎地だけではなく、都市部においても、高齢者の家族環境によってはおこりうる問題です。都市で増えているものでは、高齢者が多く住む団地や独居老人世帯でおこるもので、2階以上の階段の上り下りや外出することが困難になり買い物ができなくなったなど、高齢者に多い体力的な問題という場合もあります。

では買い物弱者に対して、どのような対策が必要なのでしょうか?
大きく3つの対策が考えられます。
@ 身近に買い物できる場所で、生活に必要なモノやサービスを提供できる店を作ること。
A身近な場所で提供できないモノやサービスを、移動販売車や仮設店舗、宅配などで届けること。
B家まで乗合タクシーで送迎したり、気軽に乗れるコミュニティバスを運営したりすることで、外出しやすくすること、などが考えられます。

買い物難民には、地域社会の危機が象徴的に現れています。医療や介護のように公的な制度は整備されておらず、民間任せになりがちですが、その努力だけでは限界があります。行政も地域のニーズに応え、積極的な支援に踏み出す必要があります。

そこで経済産業省では、「買い物弱者応援マニュアル」を発行したり、新規事業などを支援する制度を22年より買い物弱者に対するサポートをはじめています。平成22年度補正予算による買い物弱者対策支援事業(地域商業活性化補助事業)では、全国からの公募から48件を選んで総額約3億5000万円の助成金を出しています。これは「宅配、移動販売、地域のコミュニティ活動との連携等」をおこない、買い物弱者等の利便性を高めることを目的に公募を行ったものです。 その中にはITを活用した支援や、福祉関係者が取り組む支援も含まれています。

また消費不況に苦しむ流通業界が新たな成長市場を取り込む動きも広がっています。
たとえば食品スーパーのサミットを傘下にもつ住友商事では、NTT東日本などと協同で生鮮食品などを自宅のテレビを使って注文できるサービスを始めています。パソコンを持っていないお年寄りなどに配慮しており、代金は口座振替かクレジットカードで決済できるようにしています。
またコンビニ業界でも宅配を始めるところがでてきています。
相次ぐ参入で競争が進み、サービスが一段と進むことが期待されるところです。

あなたの地域や実家の両親は大丈夫ですか?
また、今現在は買物について不便を感じていなくても、自分が高齢になったら、体力が衰えたらどうでしょうか。買い物弱者は、決して他人事ではないのです。

今は4人に1人が高齢者の超高齢社会です。買い物環境をはじめとする生活インフラの再構築は特別な地域での話ではなく、暮らしやすい社会を実現するための身近な課題として捉えていきたいですね。
「歩いて暮らせる地域社会の実現」に向けて、昭和時代に逆戻りをするという感覚ではなく、未来志向の地域の将来像として、われわれが認識するところから始めないといけないですね。
また同時に家族のあり方も見直す必要があるのかもしれません。

 
今回のテーマ
高校野球と連帯責任 
[2012/03/20]

まもなく春の選抜高校野球が始まる。
昨年の夏の甲子園は、日大三高(西東京)が圧倒的な打撃力で制した。
一方、準優勝の光星学院(青森)は、野球部員の不祥事が発覚した。
野球部員それも甲子園出場メンバーの飲酒による不祥事で、準優勝剥奪などと騒がれたが、結局は、厳重注意で終わった。

毎年と言っていいほどある野球部員の不祥事。他のスポーツでも多かれ少なかれ同じことはあるのだと思うが、なぜこれほどまでに高校野球では、話が大きくなるのでしょうか?
そしてそもそも高校野球に連帯責任は必要なのでしょうか?

個人的にはこの場合の連帯責任は無責任だと思います。
高校生になれば、もっとも優先して教育をしなければいけないのは「集団的規律」ではなく、「個人の自立」だと思っているからです。
処分されるべきは不祥事を起こした者であって、その所属の集団に対してではないはずです。
連帯責任にすることで他の人に迷惑をかけたことをより後悔させるという考え方なのでしょうが、結局自分の責任をぼやかすものに過ぎません。

チームの中の誰かがした行為の責任をかぶることが、何のための教育になるのか、私にはわかりません。
違法な行為や倫理に反した行為をした者は、自らが責任をとらなければならないのは、社会に出てからでも同じです。それをあたかも組織全体が悪かったかのように責任をとらせることは、事の本質から目をそらせるだけではないでしょうか。
本来個人の責任として捉えるべきことまで連帯して、責任をとらせようとすると、結果「不祥事」を隠そうとする内部の力が働くことになります。なぜならば、表に出れば組織として責任が追及されるからです。
自分は、悪いことをしていないのに自分も連帯して責任をとわれるのはいやだから、人はそれを隠そうとします。
集団主義が原因で起きた事件を、集団主義で解決できると考えるのは妄想に過ぎません。
そもそも集団内での暴力事件は、個人の自立が欠ける集団の中で起きるものです。
個人の自己責任を十分理解し、身につけているならば、集団内のいじめはおのずから抑制されるでしょう。それが「教育」の目指すべき姿ではないでしょうか?

やっぱり、自分が蒔いた種は自分で刈り取ることを教えるのが教育ではないでしょうか。
高校生だから勉強とスポーツを両立させるのはごく自然なことです。高野連も下らない処分ばっかりしているより、学業の成績が一定水準に達しない選手は大会に出させないぐらいのことをした方がいいのではないでしょうか?
プロ野球の選手になっても最低限の常識は必要なのですから、野球だけしているような人間は必要ないと思います。

 
今回のテーマ
防災教育 
[2011/12/24]

東日本震災以降、災害から身を守り、地域の安全を保つ術を学ぶ防災教育に関心が集まっています。

注目されているのが、岩手県釜石市の事例です。
釜石では津波に襲われながら、小中学生3000人の大半が避難して無事でした。指定された避難場所では危ないと判断し、高台に上って難を逃れたのです。
7年前から防災教育を指導してきた片田敏孝・群馬大学教授は、授業や避難訓練を通じて「想定にとらわれない」「最善を尽くす」「率先避難者たれ」の『防災教育の3原則』を提唱してきました。
また教員が自ら作った手引書を使って、授業の中でも防災指導を行っています。たとえば数学の時間では、速度の計算で津波の到達する速度を考えさせるなど各教科の指導に災害に関する内容を盛り込んでいます。
こうした積み重ねが「釜石の奇跡」と呼ばれる迅速な避難行動につながったと言われています。

釜石市以外でも工夫を凝らした取り組みが見られます。
子ども達が、過去に大地震を経験した地元の人たちから聞き取りをして、危険箇所をまとめた防災マップを作ったり、運動会で担架作り競争やバケツリレー競争を行う、など。
ただ、これらの実践は一部にとどまっており、全国に普及されていません。
すべての学校でノウハウを共有できるように文科省や自治体は内容を充実させることが必要になるでしょう。

また、これまで国としての防災教育の基準は、明確とは言い難いものがあります。
消防法に基づいて、避難訓練はすべての学校に義務付けられていますが、火災や地震、津波などどのような災害を想定するか、年間何回実施するかなどについても規定はなく、学校の判断に任せられています。

一般的な防災訓練はこんな感じではないでしょうか。
校内放送でサイレンが鳴り、「地震が発生しました。机の下に隠れましょう」と。
しかし実際の地震は、授業中に起きるとは限らず、登下校中や体育館など、隠れる机がない場所で起こることもありうるのです。
つまりさまざまな場面で、ものが「落ちてこない」「倒れてこない」場所を自ら考え判断し、安全な場所に身を寄せる訓練などが有効になるでしょう。

小学校は理科で「地震」、社会で「消防署の見学」、体育で「けがの防止」などを取り上げますが、各教科で学ぶ内容を関連づけ、災害から命を守る力に発展させている学校は多くはありません。
しかも「ゆとり教育」の見直しで、小学校では今年度から、中学校では来年度以降、主要教科の時間数が増え、学校が防災を学ぶ時間として活用することが多かった総合学習の時間が削減されています。
小学校で導入された新学習指導要領では、小学6年生の理科で「地震」と「火山」をともに学ぶことになり、内容が少し充実しましたが、まだ十分とはいえません。
指導要領の見直しは、10年に1度とされるため、すぐに内容を変えるには難しいことなのです。

では具体的にはどう実施していくのがいいのでしょうか?
「防災を独立した教科として創設する」ことを主張する人がいます。
初任者研修や管理職研修といった教員研修や大学の教員養成課程で、「防災教育を必修化」する重要性を指摘している人もいます。
しかし、今すぐできるのは、学校では授業の中で、防災と関連づける指導をしていくことではないでしょうか。
大切なことは、知識だけではなく、その状況とどのように向き合うのかということを、毎日の積み重ねの中で身につける(つけさせる)ことでしょう。
学校の中で指導をしていくことが、教員の多忙化を一層招くことのないような工夫も必要でしょう。
ただ学校で指導をしていくことは、今の子ども達を教育することだけではなく、10年続けていけば彼らは大人になり、いずれは親になって地域の文化を醸成することにもつながっていくことだと思います。

今回の震災では津波による被害が多かったので、津波対策ばかりに目が行きがちですが、あらゆるケースに対応できるような防災教育を実施していく必要があるでしょう。
また学校ばかりに任せず、家庭の毎日の暮らしの中で行えることもたくさんあります。今回の震災を機に家族みんなで防災について話をすることが、命を守るためにはとても大切なことでもあるのです。

 


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